愉快な銀行強盗 題 大塚晩霜 作 おちゃらけP助  その銀行は、その街で一番大きな銀行だった。 今年出来たばかりのその銀行は、ガラス張りの建物に、二重になった自動ドア、二十数台のATMに100名ほどの社員を抱えていた。  また、床はキレイにワックスが掛けられ、入り口の絨毯は一日二回の掃除によって、いつも輝いていた。  その男は、今年で42。  厄年を迎えたが、その新しい銀行の支店長のイスに座ることになった。  いくつもの銀行の支店長や重役を歴任し、その手腕が買われてこのピカピカの銀行に迎えられたのだ。 「おはよう!」  男は大きな、そして貫禄のある声で、部下達に挨拶をした。  午前8時。  朝礼の時間だ。  いつも通りの申し送りをこなし、皆に今日一日の笑顔での接客と心構えを促す。  自動ドアの鍵は開けられ、待っていた客達がATMへと並び始める。 幾人かは窓口に並び、融資や預金の相談をし始める。  いつもと変わらぬ銀行の様子だ。  男は、部下の用意してくれたお茶を一口すすり、銀行内を見渡せる支店長のイスにゆっくりと腰を下ろした。  いつもは、そうして満足げに頷きながら、そこで悠長にしている彼だが、今日はどうも様子が違う。  男は銀行内を見渡しながら、しきりに足を組み替えたり、指をこね回し、なにやら落ち着かない。  男には気になることがあった。  最近のニュースである。  近頃、時勢なのか、この区域に銀行強盗が多発しているのである。  しかも、尋常な数ではない。  日に数回も強盗が訪れることが希ではないのだ。  現に昨日もすぐ近くのライバル銀行に強盗が入り、あろうことか、行員も一人殺された。 警察は警備を強化し厳戒態勢を敷いているというウワサもある。  そう、男はそれが気になり、先程からまるで、子供のように落ち着きがないのだ。  だが、ここで誤解して貰っては困る。  男は「恐れている」ワケではない。  エリートの銀行員として口にすることはおろか、考えることさえ憚られることなのだが。  男は銀行強盗が好きなのだ。  それは、「マニア」や「フリーク」といったモノをとうに通り越し、「ファナティック」の域にまで達していた。  子供の頃から、刑事物のドラマやニュースの「銀行強盗」のシーンに魅かれ、家にはそういったシーンだけを編集したビデオまでそろっていた。  休みの日には一人で部屋に閉じこもり、まるでポルノビデオを見るように喰いいりながら、恍惚に浸っているのだ。  ……一つだけ。  男が銀行強盗のどのシーンに魅かれているか。それは、この話の確信になるので、ここではまだ触れないことにする。  とにかく、男は、生で銀行強盗を見るために銀行に就職したと言っても過言ではない。 だが、今まで、彼のいた銀行には残念ながら銀行強盗は一度も来てくれたことはなかった。  しかし、その夢が近日中に叶うかもしれないのだ。  そう思うと、男はもう、居ても立ってもいられず、こみ上げてくる喜びと期待を堪えるのに必死だった。 「キャーーー!!」  店内に悲鳴がこだまする。  (来た!)  男はイスが倒れるほど勢い良く立ち上がり、入り口に目を向ける。  そこには、頭からすっぽりと女性用のストッキングを被り、手には銃やナイフで武装した、彼らの姿があった。 「手を挙げろ! 大人しくしねぇとブッ殺すぞ!」  そう、そうだ、そのフレーズだ!  男は今にも飛びよって握手を求めたい気分を押さえつけ、また、顔に浮かぶ笑みを耐えながら両手を手をゆっくりと挙げる。  行内は静寂が支配し、強盗達は欲望を顕わにし、客や行員達は恐怖と絶望感に打ちひしがれる。  強盗達は大きな黒い鞄を三つほどカウンターに並べ(これもセオリー通りだ)、一人の女性行員にその中に金を積めるように要求する。  彼女は引きつった顔で男の方を向く。  男はゆっくりと頷き彼らの指示に従うよう促した。  女性行員は男の机から金庫の鍵を取り出し、強盗の一人と奥の大金庫に向かう。  残された強盗達は威嚇のために客や行員に銃を突きつけ、また女性客を人質にとる。 彼らの内に、焦り、恐怖、期待、不安様々な感情が渦巻くのが、手に取るように、男には見えた。 「おい、早くしろ! サツが来るぞ!」  強盗のリーダー格と見られる男が、これまたお決まりのフレーズを口にすると、奥から三つのバッグを抱え、金を詰めに行っていた男が戻ってきた。 「リ、リーダー! お、お宝がたんまりだァ!」  男は、そのセリフを吐いた強盗の部下に、近代強盗としての資質を一から説教してやりたかったが、まあ良い。  強盗達がズラかってしまう。最後の仕上げをしなければ……。  !  そうだ、その前に一つ。 「よし! 野郎どもズラかるぞ!!」  それだ……。  もう、思い残すことはない。  男はクライマックスを執り行うため、机の上にひらりと登る。 「そこまでだ! 悪党ども!!」  壇上より、男は恍惚の表情を浮かべながら強盗を一括する。  今まさに、その計画が成就し、喜びの世界へと脱出しようとしていた彼らは、一様に体を震わせ、壇上の男を見つめた。 「な、な、なんだってんだ! し、死にてぇのか!」  明らかに狼狽しながら、リーダーは、男に銃を突きつけつつ、声を震わせる。  数瞬の間の後。  男は余裕と悦楽の笑みを浮かべたまま、パチンと指を鳴らす。    瞬間、強盗目がけ天井から強化ガラスの檻が落ちる。  為す術もなくその中に閉じこめられる彼ら。  まさに「一網打尽」というヤツだ。  ガラスを叩き必死にそこから逃れとするが、もちろんそんなモノではビクともしない。  黒いバックにたんまりと入ったお宝を持ちながら、檻の中でガックリとうなだれる彼ら。  男はその状況を見つめながら密かに絶頂に達していた。 「お疲れさまでした……。」  行員達は今日の出来事の激しさからか、一様に言葉少なに家路についていく。  警察の事情聴取もようやく終わり、男も今日の仕事から解放された。  誰もいなくなった銀行。  明かりももう疎らで、昼間の喧噪がウソのように思える。  男は引き出しから金庫の鍵を取り出し、一人大金庫に入っていく。  大きな重い鉄の扉を開けるとそこには沢山の札束が鎮座ましましている。  男は静かに歩を進め、大金庫の中で一人目を閉じ、昼間のことに思いを馳せる。  ガラスの檻が降りてきたときの彼らの顔。  彼らは何故強盗をしたのだろうか。  ……お金が欲しかったから。  それは間違いないだろう。では何故。  会社が倒産寸前だったのか。  家族が莫大な借金をつくったのか。  はたまた、自分が豪遊したかったのか。  なんにせよ彼らはその為に一番短絡的な方法を取り、そして失敗した。  しかも、ほぼ成功しかけて、だ。  男は目をつむりながらまた、顔をいやらしく歪める。  そう、男にはそれがたまらないのだ。  成功の瞬間。  「これで助かった!」と思ったかもしれない。  家族が泣きながら抱きついてくれる姿を、思ったかもしれない。  バラ色の人生を思い浮かべたかもしれない。  男は、それを踏みにじった。  幸福と安堵の絶頂から、最下層のドン底まで叩き落とされた彼らの顔。  男が好きなのは、それ、だ。 他人よりも優越であること。それがこの男の何よりの悦びなのだ。  男は、歩を進め、金の束に近づき、その束の一つをおもむろにポケットに押し込んだ。 「本当に金が欲しけりゃ、銀行強盗なんてやっちゃイカンよ……」  下卑た笑いを浮かべながら、男は大金庫を後にするのだった。 了