「うたかた」<題指定:77Hit文楽堂様> 「あ、ウタカタだ。」 それが僕たちの前に現れ始めたのはつい最近のことだった。 それは未だに、何の目的を持って現れたのか、何のために存在しているのか、そして、それが何であるのかさえ 分かっていない。 ウタカタは空中に、水中に、地面に、ふっと現れる。 家の中だろうが、パソコンの画面上だろうが、コップの麦茶の中だろうがお構いなし。 そして、いつの間にやらすぅっと消えていく。 ウタカタはどんな形をしているとも言えない。 七つの正三角形で構成された多面体のようであったり、水の中に落とされた一滴の油のようであったり、虹色の鉄板 のようでもあり、銀色のひものようでもある。 数にもまた法則性がない。 ある時には部屋一杯に現れるが、またある時には気をつけなければ見つからないような、それこそ針の頭のような 小ささで、一つだけふわふわと浮かんでいたりもする。 ウタカタはつかもうとしてもつかめない。 それはまるで、小さなほこりをつかむようにウタカタはするりと手を抜けていく。 意志があるようには見えない。 だが、部屋一杯になったウタカタすら、僕の体をよけていく。 ガラスのコップや部屋の壁は通り抜けて行くから、例え触れたところですり抜けてしまうのが関の山だろうが。 一体これは何なのか。 実害はない。 もしもウタカタが目の前にあっても視界が遮られることはないし、部屋中に現れても窒息することなどない。 これだけ周りにチラついているのに何故か鬱陶しさを感じることすらない。これは僕だけでなく、他の全ての人が そうなようだ。 そうか、ウタカタについてみんなが分かっていることがあるとすればそれだけだろう。 【泡沫】(うたかた) 水面にできるあわ。また消えやすくはかないことのたとえ。 そう。ウタカタは儚い。 現れてはすぐに消えてしまう。 瞬時に。と言うわけではない。 いつの間にか現れ、いつの間にか消えてしまう。 その消え際が儚い。 悲しいような、移ろうような、寂しいような。 その消え際に人は様々な思いを重ね、馳せるのか。 今を持って、それが、ウタカタが何であるか分かっていない。 分かろうとしないのかもしれないし、それでいいのかもしれない。 明日現れなくなるかもしれないし、いつまでもこのままかもしれない。 だがそれでいいのかもしれない。 ウタカタは僕たちに泡沫の夢を見せてくれているのだろう。 おそらくは。 ……書き忘れたことが一つだけあった。 ウタカタは何故ウタカタと呼ばれているのだろうか。 誰が名付けたわけでもない。 それがある日現れたときに全ての人は理解した。 「これはウタカタだ」と。