The man in The telephone box  その男は、公園の、電話ボックスの中にいた。  誰かと電話をしていた。   *  *  上弦の月が薄暗く地球を照らし、街頭に虫がたかる頃。  僕はいつものように自転車を飛ばし、家路を急いでいた。  そこはいつも通り過ぎる児童公園。  小さな砂場、小さなすべりだいに、少し遅れた時計。そして、薄汚れた電話ボックス。  その男は、公園の、電話ボックスの中にいた。  誰かと電話をしていた。   *  *  下限の月が薄暗く地球を照らし、街頭に虫がたかる頃。  僕はいつものように自転車を飛ばし、家路を急いでいた。  そこはいつも通り過ぎる児童公園。  小さな砂場、小さなすべりだいに、少し遅れた時計。そして、薄汚れた電話ボックス。  その男は、また、公園の、電話ボックスの中にいた。  また、誰かと電話をしていた。   *  *  新月の夜。  僕はいつものように自転車を飛ばし、家路を急いでいた。  いつもの児童公園。  男は、電話ボックスの中に、いなかった。  公園の傍らで、自転車を止め、ぼんやりと、主のいない電話ボックスを眺める。  僕は自転車を降り、引き込まれるように、電話ボックスの中に、入った。  軋むドア、ちらつく電灯、落書きだらけの緑の電話。  昼の熱気の籠もる室内は、居るだけで汗が滲み、非常に不快だ。  僕はそれでも、そこに居続け、ふと受話器をあげ、耳に当ててみる。  プーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。  耳障りな電子音が響く。  誰に電話するでもない。そのまま、音を聞いたまま、汗が流れるまま。  外界から遮断された、その密室の中から。  夜の帳が降りた、外界をじっと見つめる。  ……どのくらい時が経っただろうか。  びっしょりと、汗に濡れたシャツが、体に へばりついている。  閉ざされた世界から外界を眺める。  暑い閉鎖空間から冷ややかな外界を……。  男は受話器を置き、電話ボックスの外に出た。  そして、何事もなかったかのように自転車にまたがり、家路につく。  風が、火照った体に心地良かった。   *  *  ……満月の夜、その男は、公園の、電話ボックスの中にいた。  誰かと電話をしていた。  男の前を、一台の自転車が、通り過ぎていった……。