「祝祭」  廃墟と化した街並みは、これ以上、どれほどの黒い雨に打たれてもその姿を変えることはないだろう。  空には低く灰色の雲がたれこめ、何時やむとも知れない雨は、砕けたアスファルトの地面に汚れた水たまりを 作っている。  さほど驚くこともない、いつもの風景だ。  もう五十年も前、世界は滅びた。  都市も自然も、ビルも花も失われてしまった。 夢も希望も、神も奇跡もない。  あるのはただ、残骸となったコンクリートに見えない放射能だけ。  世界中にどれだけの人間が、………いや、どれだけの生物が生き残っているだろうか。  あの陰惨な戦争の爪痕は未だに消えはしない。  各国に落とされた核爆弾は、人々から子孫を残すという機能を奪い、細菌兵器によって汚染された水は、 人々に得体の知れない病気をもたらした。  為すすべもなく死んでゆく、人、動物、植物……。  それまで戦争を楽しんでいた人々が、自分たちの愚かさに気付いたときにはもう遅かった。  既に彼等の目前にも死が迫っていたのだ。  そうして、世界は滅んでしまった。  戦争からは生き残っていた人々も、戦争の残した毒によって、この五十年でほとんど死んでしまった。  しかし、戦争から十年ほどが過ぎたある日、人々は皆自分たちの目を疑った。 それまで決して晴れることの無かった灰色の雲が、一日だけ、すっきりと晴れ渡ったのだ。 人々は十年来の太陽の姿に喚起し、狂ったように祈りを捧げた。  人々は皆、思った。いや、思いたかった。  これは奇跡の前触れに違いないと。  太陽は一日でまた雲の中に隠れてしまったが、それからは毎年その一日だけ、太陽が顔を見せるようになった。  生き残っていた人々はその日を祭りとし、必死に人類存亡を願った。 しかし。  その願いは叶わぬまま、一人また一人と死んでゆく。  そうして祈りを捧げながら四十年。  ここは廃墟と化した街の、とある教会。  私はもう立つ気力もなくベッドに横たわっている。  一体、毎年現れるあの太陽は何を表しているのだろうか。  おそらく人類存亡はおろか、もう数年もたてば、地球上の全ての生物が死滅するだろう。  私は、教会の窓から天を仰いだ。  すると、今まで空を覆っていた灰色の雲が、瞬く間に晴れていく。  そうか、今日は祭りの日だ。  私は最後の気力を振り絞り、教会を出る。  暖かい日の光が私の体全体に降り注ぐ。なんと心地よいのだろう。  しかしすぐに私はあたりの異変に気がついた。  祭りの日だというのに、他の人間が出てこないのだ。  そうか……。もう、私一人になってしまったか。  私は最後の人類になってしまった。 「ついに、願いは成就しなかったか。」  そう、かすれた声で呟くと、私の体から全ての力が抜けていくのが分かった。  どさりと、地面に倒れ込む。  人類の歴史ももう、これでおしまいか…。  だが祭りの日に終わるのなら悪くない。  しかしその時、私の閉じようとする瞳は、最後にあるものをとらえた。  砕けたアスファルトから垣間見える土の大地、そしてそこには…青々とした、小さな双葉が開いていた。  その瞬間、私は全てを理解した。  母なる地球を汚した人間。  私達が滅びたのは、戦争のせいではないのだ。  地球を自分たちだけのものと誤解し、大いなる罪を重ね続けた人間。  その罪を償わなければならなかったのだ。  人類が、母の肥料となることで…。  滅びと再生。  年に一度の太陽は人間などにではなく、地球と、そこに芽生える新しい生命への、…祝祭だったのだ。 そう、そこに息づく生命力あふれる、緑色の少年への………。