雨の降る街で 「よく降るなぁ……。」  雨の降る街を見下しながら、ギリギリ雨が届かないベランダのすみっこで、ふうっとタバコをふかす。  雨霞にけむる街並み。  道を歩くカサもまばら。  普段は賑やかなこの街を、今は寂しげな雨音が覆っている。  六月も半ばを過ぎたっていうのに、今日は少し肌寒い。    ……学校を卒業してもう二年。  なんにもしないでいても、時間は過ぎてくもんだって初めて知った。  友人達は皆、安定した職に就き、その内の一人は今度の日曜に結婚式を挙げるらしい。  そんな彼らとは対照的にオレは日々ぶらぶら、アルバイトと仕送りでその日暮らし。  日も傾きかけた頃にずるずると起きだして、それから深夜遅くまで仕事。 帰ってきて少しTVを見て、夜が白む頃に眠りにつく。  毎日それの繰り返し。気楽といえば気楽だけど。  別にオレだって好きでこんな生活をしている理由じゃない。  ただ、この不況下にオレみたいな奴を雇ってくれる企業もなく、それに……。  それに、言うのは少し恥ずかしいけど画家への夢も捨てきれない。  向いてないってのは自分でも薄々感づいてる。  いくつもの賞に応募してはみたものの、いってもいいとこ佳作止まり。  「キミの絵には個性がねぇ……」は審査員のおきまりのコメント。  昔はこれでも、ちょっとは、もてはやされたものだったんだ。 でも、趣味が高じるってのも考えもんだね。  少しちやほやされて、それで人生間違っちゃあね……。    狭くもなければ広くもない1DKの部屋。  散乱したゴミに埋もれて油絵具とキャンパス。  所詮はこんなもんか。  大きく一息、タバコを吸って、消しもせずにベランダから放り投げる。 「いつまで、こんな生活続けるんだろう……。」  雨の中にそっと手を出せば、それはオレの右手を軽くうちつける。  雨にうたれるオレの右手。  そのままオレは、右手を何度も何度も、握っては開き、握っては開いた。  そのまま、見えない筆を握ってみる。  びしょぬれになったオレの右手。 「ガキん頃は雨でびしょぬれになっても、いつまでも遊んでたっけな……。」  いつしか無くしてしまったガキの心。  何もかもが新鮮で、楽しかったガキの頃。  オレは思いきってベランダから身を乗り出してみた。  身体をうつ雨が心地いい。  濡れて張りつく髪も、湿って重くなった服も。  なにか……そう。  忘れていたあのころの感触を思い出せそう。  オレの無くしてしまったもの。  オレの……こころを。  雨の降る街に向かって、ガキみたいに笑ってみる。  雨のにおいを胸一杯に吸い込んでみる。  とても、懐かしかった。  涙が出そうになるぐらい、気持ちよかった。  部屋に入ったオレはびしょ濡れのまま、床に転がるキャンバスと筆を拾い上げた。  イーゼルをたて、ゴミに埋もれたキャンバスを引っぱり出す。  そして、ゆっくりと……。    オレはゆっくりと、目の前に広がる「雨の降る街」を描いていった。