<東十条> 車内のアナウンスが乗客に注意を促す。  電車は速度を落とし、東十条の駅へと入っていく。  耳元で流れる流行の音楽。  いつもと変わらない窓の外に流れる景色。  変わらない日常。  つまらない日常。  ぼうっと惚けて眺めるその風景のなかに、僕は一つのものを見つけた。  駅に隣接する、電車の車庫。  車庫と入っても屋根はなく、回送車両が列を作り、そこに並んでいる。  居並ぶ電車のその中に、彼は、いた。  ただ一つだけ明かりのついたその電車のシートに彼は座っていた。  遠くに見えるその背中。  それは、変わらないいつもの風景とは違っていた。 彼は、一体……。 そう。それはもしかしたら。  それは、定年間際の車掌さん。  勤続四十年。  人柄がよく、部下に慕われ、そして何より電車が好きだった。  「ああ、明日でお前ともお別れなんだなぁ……。」  でももう少し、もう少しだけ長年連れ添った友と話がしたい。  手すりを握る手に、少し、力がこもる。 そう、それはもしかしたら。 それはアルバイトのお兄さん。  電車の中の広告を替えるに雇われた、しがないフリーター。  ようやく全車両の広告を取り換え終えて、ただいまちょっと休憩中。  起きたら、チーフにこっぴどく叱られるとも知らず、ほんの束の間、夢の中。  「くー…………。」  さてさて、何の夢を見ているのやら。 そう、それはもしかしたら。  それは、電車のデザイナー。  乗客の気持ちになって、電車を見つめる。  「このイスは少し固いな。   電気が暗いな。   広告はもう少し見えやすくした方がいいだろうか。   入り口をもう少し高くしようか。」  こうして座っているといろんな事が見えてくる。 お客さんに気持ちよく乗ってもらう為に、彼はこうして日々研究する。 そう、それはもしかしたら。  それは、ちょっと間抜けな酔っぱらい。 「うわ! ここはどこだよ?」  終点での駅員のチェックをもくぐり抜けた、幸運で、不幸な乗客。  片手には恋人へのクリスマスプレゼントを持ちつつ、あの一杯を恨みがましく思い出す。  さて……どうしたもんかな……。 怒る彼女の表情と冷めた料理を思い浮かべ、肩をすくめる。  果たして、彼は何を思いあの座席に座っていたのだろう。 僕の想像があたっているかもしれないし、それとも全てが的はずれかもしれない。  だが、そんなことは問題ではない。  僕はこの電車に乗り今日もどこかへ行く。  彼もまた、どこかへの旅路の途中であることにかわりはない。  それは一生という長い長い旅路のほんの、ヒトコマ。  それだけのこと。  ……そう、それはもしかしたら。  それは、東十条手前のほんの一瞬。